浮世絵で見る江戸・早稲田

第2回 高田姿見のはし俤の橋砂利場〜その2

語り手:大江戸蔵三
都内の某新聞社に勤める整理部記者。三度のメシより歴史が好きで、休日はいつも全国各地を史跡めぐり。そのためか貯金もなく、50歳を過ぎても独身。社内では「偏屈な変わり者」として冷遇されている。無類の酒好き。

聞き手:高田なぎさ
都内の某新聞社に勤める文化部の新米記者。あまり歴史好きではないのだが、郷土史を担当するハメに。内心ではエリートと呼ばれる経済部や政治部への異動を虎視眈々と狙っている。韓流ドラマが大好き。

最終的には面影橋?

で、結局どうだったんですか? 



どうだったって何が?



何がじゃないですよ。だからこの絵のどっちが面影橋でどっちが姿見橋なのかって話ですよ。もうすっかり忘れちゃって…。

すまんすまん。つい飲み過ぎちまってな。まず最初に考えないといけないのは、広重が必ずしも実際の場所に行ってその風景をスケッチしたわけではないということ。

あら、スケッチしなかったらどうやって描くのよ。まさか写真とか?

日本で写真が普及し始めるのは1860年以降で、広重の「江戸百」は1856年から58年にかけて制作されているから、ちょっとタイムラグがあるし、写真をもとに描くなんて絵師の矜持からして考えられなかったから、まずあり得ないな。その代わり、広重にはある手本があった。長谷川雪が挿絵を描いた『江戸名所図会』だ。

エドメイショズエって何ですかそれ?。


今で言う観光ガイド本だな。広重の「江戸百」より10年から20年前の天保年間に江戸の風景や風俗を描いた一級の歴史資料でもある。雪旦は日本各地を旅行してスケッチして回った経験から、かなり正確な風景画を残しているんだ。『江戸名所図会』にしたって650枚もの挿絵を描いているからね。この挿絵が多くの風景画家のお手本になった。

じゃあ、この絵のもとになった絵もあるっていうこと?。


構図に関してはその通り。この『俤(おもかげ)のはし』というページを見れば広重がこれを参考にしたことが良くわかるだろ


参考にしたって言うより、ほとんど同じじゃない。


あはは。当時は著作権なんてものはないからね。ただ、だからといって広重がズルをしたというわけでもない。広重が「江戸百」を描き始める前年の1855年には安政の大地震があって江戸は壊滅状態にあった。だからこの絵にしたって橋がそのまま残っていたとは限らないんだ。

ははぁ。ってことは「江戸百」って江戸の復興予想図みたいなものだったわけね。

その通り。だから百景の中には実際その時には見られる筈のない風景も描かれている。先輩の『江戸名所図会』が大いに役に立ったというわけだ。で、話を本題に戻すけど、『江戸名所図会』では手前の橋が「俤のはし」、奥の橋が「姿見の橋」と書かれていて、齋藤月岑の書いた説明文にも面影橋について「上水川に架(わた)す長十二間余あり」、姿見の橋について「北の方に架(わた)せる小橋」と書かれている。広重が『江戸名所図会』を参考にしたことは間違いないとして、ではなぜわざわざ橋の名前を逆にしたのか。

単純に間違えたんじゃないの?



それもありえないことではないけど、浮世絵は印刷物だから誰かが間違いだと気がつけば修正したはずだ。だからまず考えられるのは、広重が地元の誰かの意見を求めたか、実際に行って取材したんじゃないかということだね。昔からどっちがどっちなのか曖昧だったけど、実際に取材してみたら幕府の『新編武蔵風土記』が間違いで、実は逆だったということがわかったんじゃないかな。

なるほどねぇ。個人的にはどっちでもいいけど。


それを言ったらおしまいじゃないか。江戸時代にお上の書いたことが間違いだなんて誰も思わなかっただろうから、これは結構勇気のいることだったはずだ。広重の絵が正しいということを裏付ける資料としてほぼ同時代の『雑司ヶ谷音羽絵図』や『牛込馬場下町絵図』、『東都歳時記』、『十方庵遊歴雑記』といった実用的な地図を見ると、すべて大きい方の橋が「姿見橋」と書かれている。

そうかぁ。でも今神田川にかかる橋が面影橋って呼ばれているということは、いつの間にかまた逆になっちゃったのね。

そう考えるのが自然だろうな。ちなみに「高田姿見のはし俤の橋砂利場」という題名に出てくる「砂利場」という表記は高田の古い地名で、この辺りで良質な砂利が採取できたということに由来するんだ。三遊亭圓朝の怪談噺『怪談乳房榎』の冒頭に「怪談乳房榎と申しますお話は、江戸名所圖會にも出てをりますが、高田砂利場村の、大鏡山南藏院といふ眞言宗のお寺の天井へ、雌龍雄龍を墨繪で書きました菱川重信といふ人のお話で…」とある。

へぇ。どっちかと言えば、橋の名前よりその怪談話の方に興味があるけど…。

それなら今はなき大名人六代目圓生の名演を聞いてちょーだいな。



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